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長崎地方裁判所 昭和23年(行)51号 判決

原告 本多富士松

被告 長崎県知事・山田村農地委員会

一、主  文

被告長崎縣知事が、別紙目録記載の農地について、原告に対して爲した昭和二十三年十月二日附長崎第一号買收令書の交付処分並びに訴外秋山嘉志男に対して爲した同日附賣渡通知書の交付処分は、いずれも無効であることを確認する。

原告のその余の請求は、これを却下する。

訴訟費用は、被告等の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、被告山田村農地委員会(以下村農地委員会と略称する)が昭和二十三年六月十二日別紙目録記載の農地について爲した買收決定は無効であることを確認するか、又はこれを取消す。被告長崎縣知事が右農地について爲した主文第一項の買收令書交付処分、並びに訴外秋山嘉志男に対する賣渡通知書交付処分は、いずれも無効であるか、又はこれを取消す。訴訟費用は被告等の負担とするとの判決を求め、その請求原因として、原告は別紙目録記載の農地の所有者であつて、約十年位前から訴外矢城彌惣治に賃貸小作させていたが、昭和二十年六月頃右小作人が應召出征したので、同人の妻タカネは原告の承諾を得ずに夫が無事帰還したときは返還を受くると云ふ一時の約定で、訴外秋山嘉志男に轉貸した。そして昭和二十一年一月頃になつて、右訴外人秋山から轉借についての承諾を求められ、原告は初めて該事実を知つたので、これに承諾を與えず土地返還方を要求したところ、同訴外人もこれを諒として昭和二十一年稻作から原告に返還することを承諾し、右稻作以來本件土地は原告の自作地となつていたのである。

然るに被告村農地委員会は、昭和二十三年六月十二日になつて本件農地の買收計画を樹立したので、原告は早速異議の申立に及んだところ、同月末頃却下されたから直ちに長崎縣農地委員会に対し、被告村農地委員会を経由して訴願の申立をしたのに拘らず、右訴願に対する裁決は今日までまだ爲されていない。斯様に訴願裁決もないのに拘らず被告村農地委員会の樹立した本件買收計画を是認し、被告長崎縣知事は同年十月二日附を以て原告に対し主文第一項記載のような買收令書を交付したのみならず、同日附を以て前記轉借人であつた訴外秋山嘉志男に対し賣渡通知書に交付して賣渡手続まで完了するに至つた。

だが斯様な訴願に対する裁決を経ないままで爲された本件農地に対する買收処分並びに賣渡処分は、いずれも重大な瑕疵あるもので当然無効な行政処分であると解せられ、農地所有者たる原告はこれが無効確認の利益を有することは勿論であるから、右被告村農地委員会及び被告長崎縣知事を相手方としてこれが無効確認を求め、仮に無効でないとしても違法な行政処分として取消を免れないので、右処分の取消を第二次的に求めるのである。

そして、本件農地について被告村農地委員会がなした買收計画については、昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基ずいて爲された遡及買收であるところ、斯様な遡及買收については自作農創設特別措置法第六條の二の規定が明示しているように制限的規定があつて、訴外秋山嘉志男の本件買收請求は同條第二項第二号に該当する場合であるからこれをしてはならないのに拘らず、敢て右遡及買收をするに至つたのであるから違法な買收計画として取消を免れないのであると述べ、被告等の訴の変更・被告の変更・出訴期間徒過の本案前の抗弁に対してはいずれもこれを爭ふと附陳した。(立証省略)

被告等指定代理人は、原告の請求はこれを棄却する、訴訟費用は、原告の負担とするとの判決を求め、先ず本案前の抗弁として、被告村農地委員会の本件買收決定は昭和二十三年六月十二日爲され即日公告を経た上原告から同月二十三日異議申立があつたので同月二十八日右異議申立棄却の決定をし、同月三十日原告にこれを告知したところ原告から訴願の提起もなかつたのである。從つて同年七月一日から一ケ月の期間内に出訴すべきに拘らず右期間を徒過しているから、不適法である。又被告縣知事の爲した本件買收令書並びに賣渡通知書の交付処分については、原告はさきに原告と訴外秋山嘉志男との間に係属した島原簡易裁判所における本件農地をめぐる昭和二十三年(サ)第三五号仮処分異議事件において、同年十月二十二日の口頭弁論期日に原告の代理人であつた名嘉眞弁護士を介して知つたのであるからその翌日から起算して一箇月内に出訴すべきであるのに拘らず、被告縣知事に対しては昭和二十四年七月十九日漸く本訴提起に及んだのであるから不適法である。更に賣渡計画に対する異議及び訴願なくして、直ちに本訴提起に及んだのは不適法である。

次に原告は、昭和二十三年十月二十六日受理された訴に於ては、被告村農地委員会及び長崎縣農地委員会を共同被告として、本件農地買收計画並びに賣渡裁決の取消を求めていたのであるが、前述昭和二十四年七月十九日受理の訴状訂正申立書によつて本件訴に変更し、且つ被告長崎縣農地委員会を被告長崎縣知事に変更したのである。然しながら右請求趣旨並びに被告の変更はいずれも次に述べるような理由によつて許さるべきではない。即ち旧訴に於ては買收決定並びに賣渡裁決の不当取消を求めていたのに対し、新訴に於ては知事の買收令書並びに賣渡通知書の交付処分の無効確認又は取消に改め、請求の基礎を変更したものというべきであるから許さるべきではないばかりでなく、前記買收令書及び賣渡通知書の交付処分は府縣知事が爲す処分であることは法律に明文があり、原告自身右買收令書を受領したのであり又前述の島原簡易裁判所の係属訴訟に於て仮処分債権者である訴外秋山から賣渡通知書が書証として提出されているのであるから、その後提出された本件訴訟に於て被告を前記のように誤つたのは重大な過失によるものであつて、もはや被告の変更は許さるべきでない。

又原告は、行政廳である村農地委員会及び知事を被告として行政処分の無効確認を求めているが、斯様な行政廳を被告として提起すべきでなく受益者を相手方として権利取得の無効確認請求をなすべきであると述べ、更に本案について、被告等が先に述べたように本件農地に対し買收計画樹立から買收令書並びに賣渡通知書の交付処分に至るまでの各手続を含む行政処分をなしたことは爭はない。然しながら本件行政処分には何等違法な点はなく、又無効とせねばならないような瑕疵はない。原告からは既に述べたように法定期間内に買收計画に対する訴願の提起はあつていない。

次に訴外秋山嘉志男が、訴外矢城彌惣治から同人の應召による事由によつて一時轉借したものであるとする事実は爭はないが、右轉借については昭和二十一年一月十五日原告からこれを追認している。又本件買收計画は昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基ずいて爲された所謂遡及買收で、原告の同日現在における超過小作地の一部として買收されたものであるところ(山田村地方に於ける小作地保有面積の制限は七反歩)、訴外秋山から買收請求があつたことに基ずくのでなく、原告が右小作人から半強制的に農地引上げを爲したのであるから右買收請求が原告主張のような信義に反すると云ふこともない。仮に訴外秋山に賃借権がなかつたか又原告主張のように合意解約によつて終了したものとしても、訴外矢城彌惣治が右昭和二十年十一月二十三日現在及び買收時に於て本件農地の賃借権を有していた小作地であることには何等変りがないから、本件買收は違法とはならない。蓋し買收計画については小作地たることを要件とするだけで、その小作農が何人であるかを確定することを必要としないからであると述べた。(立証省略)

三、理  由

本件農地は原告の所有であつたところ、昭和二十三年六月十二日被告村農地委員会に於て買收決定をし、同月二十三日原告から異議申立があり同月二十八日該異議却下の決定がなされ、同月三十日右却下決定の告知がなされたこと、その後同年十二月二日附主文第一項記載のような長崎縣知事の買收令書並びに賣渡通知書の交付処分が爲されたものであること、及び本件農地買收処分は昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基ずいて原告の超過小作地(山田村地方に於てはその制限面積は七反であること)として右処分が爲されたものであることについては、本件当事者間に爭ひのない事実である。

そこで先ず、本訴訟の爭点の中心である本件農地の買收計画について、被告村農地委員会が爲した異議申立却下決定に関し、原告から訴願の提起がなされたか否かの点について檢討してみるのに、証人本田藤則の証言(第一回)によつて一應その眞正に成立したものと推測せられる甲第三号証と成立に爭ひのない甲第六号証の一乃至三・乙第十二号証・第十七号証の一乃至十二の記載に証人本田藤則(第一乃至第三回)・名嘉眞武勝・本田チヨコ・岩本忠藏の各証言並びに原告本人尋問の結果、証人秋山嘉志男及び廣中信男(第一回及び第三回)の各証言の一部を綜合して考えれば、本件農地は、昭和二十年六月頃訴外矢城彌惣治が原告から賃借り小作中應召出征し、その後訴外秋山嘉志男が同年稻作から耕作していたものであるところ、昭和二十一年稻作から原告から返還要求を受け、昭和二十一年及び昭和二十二年度にわたり原告が右耕作に從事中昭和二十三年になつて本件農地が地主の強要による不当引上げであるか否かの点について村農民組合及び村農地委員会に於て問題となつて紛糾し、右農地委員会は漸く過半数の賛成を得てこれを小作人をして耕作せしめるべきであるとの結論に達し前段買收決定をなすに至つたものであること、そして該買收計画に対する縱覧期間経過直後である同月二十四日には島原簡易裁判所に対して右小作人秋山から原告を相手方として立入禁止の仮処分申請が爲され仮処分によつて同農地の占有を得爾來これが耕作を開始し、一方原告は右仮処分決定に対し異議申立をすると共に買收決定に対しても異議申立をなし益々本件農地をめぐつて地主・小作人間の対立抗爭は深刻なものとなる形勢にあつたこと、又前記原告の異議申立却下後原告がわざわざ村農地委員会事務局の廣中書記を訪ねて、訴願申立の書式等について問合せて帰つたこと、又前記島原簡易裁判所の仮処分事件についてその訴訟を委任していた名嘉眞弁護士から買收計画の行政処分に対しては適法な期間内に訴願を提起するよう勧告を受けていたこと、原告が訴願の方法書式について右廣中書記から聞いて來た後その長男本田藤則に於てこれを記載し、その妹本田チヨコをしてこれを村農地委員会に提出せしめ、同人は廣中書記に手交したもので同委員会を訪ねたのはこの時の一回にすぎないと供述し、右廣中書記も亦本田チヨコが農地委員会に自分を來訪してきた記憶はあると供述している点、その他訴外岩本忠藏が、昭和二十三年七月十九日頃農地調整法第九條第三項による許可申請を村農地委員会を経由して爲したのに対し昭和二十四年四月頃まで放置し縣に対して送付してなかつた事実のあること、右農地委員会は極めて重大な文書の往復を取扱ふ行政廳であるに拘らず、これら文書の受理発送を明確ならしめる発來翰受付簿すら当時備えられていない状態にあつたことなど、諸般の事情を考えれば、本件訴願書は昭和二十三年七月初日頃原告から右本田チヨコを介して村農地委員会に対し提出されたのに拘らず、その後該書類は右農地委員会の係員の不注意から紛失し、遂に長崎縣農地委員会に送付されず、該買收計画は訴願の提起がないものとして確定したものとして取扱はれ、その後の買收手続が進行せしめられた事実を認定することができて、右認定に反する証人廣中信男(第一乃至第三回)・佐々木恒正(第二回)・本多潤一の各供述並びに被告村農地委員会代表者本人の供述は、当裁判所の措信しないところで、他に右認定を左右するに足る資料はない。

從つて次に右訴願の提起がなされたことを前提としての被告等の抗弁についてのみ判断する。

被告は、本件訴は昭和二十三年十月二十六日受理された変更前の訴とはその請求の基礎を異にするから許さるべきでないと抗弁するのであるが、右変更前の訴状と昭和二十四年七月十九日受理の訴状訂正書(記録一二三丁)とを比較檢討すれば、原告が訴求している趣旨は要するに本件買收処分については原告から提起された適法な訴願の裁決の手続を欠如している違法があるのであつて、斯る重大なる瑕疵があるのを看過して進行せしめられた行政処分には、何としても承服し難いといふことがその主眼であり、右目的を達成する手段として前訴に於ては或は買收決定・賣渡裁決の取消なる表現をとり、変更後の訴に於ては知事の買收令書の交付処分・小作人に対する賣渡通知書の交付処分の無効確認又は取消なる表現をとつているにすぎないのであつて、原告の意図する目的乃至行政処分に対する不服申立の趣旨に於ては、前・後訴を通じて何等これが変更をなしているものでないことは一読明瞭であり、しかもその訴訟資料に於て前訴と後訴とはすべて同一基盤に立つていて、訴訟経済の見地からみても右変更を許したがため訴訟遅延を招來したと思考される点は一つもない。してみれば斯様な訴の変更は適法として許容されるべきであることは疑を容れないから、被告の右抗弁は採用できない。

次に被告を長崎縣農地委員会から被告長崎縣知事に変更したことを以て、行政事件訴訟特例法第七條第一項但書に所謂重大な過失があつたものと主張するのである。然しながら本件訴訟のような農地買收処分をめぐる行政訴訟は極めて最近の訴訟であり、又各種委員会が設けられこれに対し行政処分の権限を與えられたのも終戰後に於て継受された新しい制度であつて、一般国民はもとより法律の運用にあたる專門家と雖も往々にしてこれに不馴れのため多少の過誤をおかすことは日常あり勝のことであるから、右買收令書及び賣渡通知書の交付処分は知事の権限に属することが法律に明定されているとの理由で、右縣農地委員会と縣知事との変更を以て重大な過失ということのできないことは明かである。況んや右縣農地委員会の会長も知事があたつているのであつて、その指定代理人も亦同一人であるに於ては猶更のことである。

そこで進んで先に認定したような訴願の提起があつたに拘らず、その裁決を経ないで爲されたその後の買收処分の効果について審案してみるのに、農地買收の行政処分は市町村農地委員会の買收計画の樹立に初まつて(その前右計画立案に関する種々の調査もあるがこれは処分ではない)、府縣知事の買收令書の交付に終るところの一連の手続的段階を経て爲されるように規定されていることは明白で、斯様な段階的手続に於てその一段階を超えて進行することは法律に明文の規定があれば格別、許されないことで、斯様な飛躍的処分が爲された場合その飛躍した処分は重大なる手続上の違背があるものとして、無効であると解するのが相当である。そして既に認定したように本件に於ては本件買收計画に対し原告から異議の申立が爲され、次で右村農地委員会の異議却下決定に対し適法な訴願の提起があつたのに拘らず、該訴願書を長崎縣農地委員会に対し送付せずして右村農地委員会が紛失し、これを確定したものとして申告した結果縣農地委員会は右買收計画に対し原告から不服申立なきものと思料して承認をし、該承認に基ずいて長崎縣知事が原告に対し主文第一項記載のような買收令書の交付処分をし、更に訴外秋山嘉志男に対し賣渡通知書の交付処分まで爲して了つたといふのであるから、原告の訴願に対する長崎縣農地委員会の裁決手続を経ていないことは明白で、その後になされた長崎縣農地委員会の承認・右買收令書並びに賣渡通知書の交付処分は先行段階の裁決を経ない無効な行政処分であつて、斯様な無効な行政処分に対しては出訴期間の制限なく、これが直接の利害関係を有する者は何人と雖も、何人に対してもその無効を主張してその実体的効果を爭ふことができるのは勿論、斯様な違法な処分を爲した行政廳をも相手方としてその無効を主張し、その瑕疵の早急なる是正を訴求することができるものといわねばならない。

被告は行政処分の無効確認の請求は、その実体上の権利帰属者を被告として、実体上の効果の帰属を爭ふべきであつて、行政廳を被告として提起すべきではないと主張するもののようであるが、さような制限的な解釈を採らねばならない根拠は見当らないのであつて、右瑕疵が行政廳のその後の処分によつて治癒される余地があるときは、該行政廳を被告として右無効を主張し迅速なる是正処分を講ぜしめるのが適当であることは明白である。從つて被告の該抗弁も亦採用できない。

以上説示したところによつて、原告の被告縣知事を相手方とする無効確認訴訟は、これを正当として認容すべきことは明白であるが、被告村農地委員会に対する本件買收計画の取消又は無効確認を求むる部分は、前述のように未だ縣農地委員会の訴願裁決を経ないもので、該裁決を経た後更に訴の提起ができるのであり、本件訴訟については右裁決の結果を待つのが妥当な処置であると思料され、行政事件訴訟特例法第二條但書の要件を具備しないものと解されるからこれを却下すべきものである。

そこで訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八十九條・第九十條・第九十三條を適用して、主文のように判決する。

(裁判官 林善助 厚地政信 吉江清景)

(目録省略)

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